大人が楽しめる動物の本

動物大好きな大人の皆さまに贈る、私のお勧めの動物本です! フィクション・ノンフィクション取り混ぜて、ご紹介いたします。

『風の中のマリア』

 

 この物語の主人公マリアとは、いったい何の動物だと思いますか。風の中、というので、鳥かな、いや風を切って走る草原の動物かなにか、と思われるかもしれませんが、これはなんと、スズメバチなのです。「疾風のマリア」と呼ばれる、オオスズメバチ一族の最強の戦士、ワーカー(働き蜂)のマリアです。ハチやアリは、虫の中でも、秩序のある大集団を形成して、とても社会性のある生き物だということは知っていましたが、この本を読んで、その様子がとてもよく理解できました。林や草原などの外の世界で、こんなにも一生懸命な命の営みが繰り広げられていることに、ぐんぐん引き込まれて、まるで壮大なファンタジー小説を読んでいるような面白さで一気に読んでしまいました。

 しかしこれは作られたファンタジーではなく、子供の頃に夢中で読んだファーブル昆虫記以上とも思える詳細な生物学的な事実を網羅した昆虫記とも言えるでしょう。個々のスズメバチに名前がついていたり、人間の言葉で会話するところは、もちろん想像からなるフィクションですが、虫の生態や性質などの詳しい内容には目を見張ります。これ一冊で、スズメバチと、その周辺の虫たちへの理解が完成されるレベルです。それなのに、こんなに面白いストーリーが展開されるというのは、もともと虫の世界は人間に比べて、とてもファンタジー的でドラマチックなものと言えるのでしょうね。

どんな話か

 オオスズメバチの一つの巣(帝国)の、成り立ちから終わりまで、ほぼ1年の流れの中で、そこの1ワーカーであるマリアの、羽化してから1か月間あまりの、一生の営みの記録です。「疾風のマリア」と仲間から呼ばれる、大変優秀な戦士であるマリアは、自分の仕事である狩りと戦いに、短い一生を捧げます。帝国を繁栄させるため、自分達の子孫を残すために、奮闘するマリアの一生を、ぜひ知ってもらいたいと思います。

お勧めのところ

オオスズメバチの生活 

 オオスズメバチの生態が、本当に興味深いです。どの虫も、知らないだけで、面白い生態はあるのでしょうが、特に社会性のある虫は面白いですね。一族の発展のために実に効率よく計算されつくしたような集団生活の様子は、素晴らしいものです。何百、数千という数のハチの集団であっても、それは人間社会のような雑多なものではなく、1匹の女王蜂から生まれた娘たちが集まった一家族なのです。その生存が過酷であればあるほど、家族の結束は強く、短い一生を懸命に生きるハチ達の姿には、心が揺さぶられます。スズメバチというと、人間にとっては、最も避けたい虫であり、ほとんどの人が恐いという思いをもっていると思います。大の生き物好きの私でも、ミツバチは可愛くとも、スズメバチだけは怖いですし好きになれません。でも、この話を読むと、オオスズメバチも決して最強の地位に甘んじた安泰の暮らしをしているわけではなく、本当に過酷な一生を過ごしているのだということがわかります。そして、とても短い一生で、1日1日が貴重な時間です。

マリアの気持ち

 作中でのマリアの心模様に、引き付けられます。これは、事実というより作者の作り上げた部分ですが、このところこそ、作者が表現したかった部分なのではないでしょうか。戦士として生まれ、毎日毎日、帝国のために狩りをする、マリア。メスに生まれても、子どもを残すこともなく、帝国のために一生を終える。最強の戦士と称えられ、それを誇りに思うマリアにも、時々、心の葛藤の芽が現れます。でも、葛藤しながらも、決して迷うことなく、自分の一生を全うするマリアに、私はやはり敬意を表したい気持ちになりました。小さな儚い1匹の虫の生涯ですが、その姿は、人間の生き方とも重ね合わせられる、感慨深いものがあります。

 

 虫の世界の話ですので、苦手な方も多いかもしれません。幼虫や、餌となる虫の描写もありますので、苦手な方はご注意ください。さらに、オオスズメバチという、誰もが嫌う虫が主人公ですので、一概におすすめはできませんが、そういうのが平気な方には、ぜひとも読んでいただきたい一冊です。

書籍情報

「風の中のマリア」
著者  百田尚樹
発行  2009年3月  講談社 
    2011年7月  講談社文庫 (文庫本)