大人が楽しめる動物の本

動物大好きな大人の皆さまに贈る、私のお勧めの動物本です! フィクション・ノンフィクション取り混ぜて、ご紹介いたします。

『北極カラスの物語』

 

 なんと素朴で雄大で、大自然を感じさせる物語なのだろう、というのが私がこの本を読み終えた最初の感想です。このところ北海道も珍しく連日の猛暑が続き、辟易していましたが、この本を読んで、間違いなく体感温度が5℃は下がったように感じています。これは、真夏に読むにはふさわしい、北極の氷の中の物語、氷の冷たさや、冷え切った空気、吹きすさぶ風、氷の下の海、そんなものを生々しく感じさせてくれる、北の生き物たちの素晴らしい記録です。

 実はこの本は、先日このブログの記事に上げた、『カラスの教科書』の著者の松原始さんが、作中の「あの作品のあのカラス」というコーナーで紹介していた本なのです。さっそく図書館で借りて、今まさに読み終えたところです。1991年に日本で初版が発行されているのに、今まで知らずにいたことが不思議であり、残念でもあります。もし、『カラスの教科書』を読まなけば、これからもこの本のことも知らずにいたのかと思うと、一冊の本との出会いが次の本との出会いに繋がっていくということに、感謝したい気持ちです。

どんな本か

 『北極カラスの物語』という題名なので、カラスが主体の話だろうと思って読み始めましたが、むしろ一番の主役と思えるのは、キツネとオオカミの2匹組です。もちろんカラスも随所に出てきますし、長老カラスが語り始めるという形で幕開けますが、どちらかというとカラスは脇役です。そしてそれ以外にも、じつに様々な北の動物たちが登場します。ホッキョクグマもですが、カリブー、ウサギ、そり犬、捕食するものされるもの、海の生き物も、シャチやアザラシ等々、多数参加です。

 しかも、この物語が斬新なのは、その動物たちがそれぞれこの本の中で、持ち場をあたえられて、自分たちの目線で語り始めます。この物語は、50ほどの小章から成り立っていますが、一つ一つの章を、各種の動物たちがそれぞれ交代で主役になり、自分達の言葉で語り始め、それがリレーのバトンのように、次々と渡されて、物語が進んでいく仕組みになっています。私は今まで、オムニバスのようでそれとも違う、このようなリレー形式の物語を読んだことがなく、この新しい魅力に引き込まれ、しかもそのために、とても自然に物語が進んで行くことに驚きました。

 内容は作られた物語というより、むしろ実写的です。動物たちが一人称で語り始め、動物同士で会話するところは、ノンフィクションですが、内容自体は、少しも作り物的な部分がなく、北極の自然と生き物の日常の生活を写し出したドキュメンタリー番組を見ているような感じを受けます。同じノンフィクションでも、前の記事でアップした、『ウォーターシップダウンのうさぎたち』や『冒険者たち』とは、全く違ったジャンル、むしろ『シートン動物記』に近いようにさえ思えます。ただし、読後感は、『シートン動物記』のような生き物の宿命を感じさせるような辛さがなく、とても良い終わり方をしていますので、そういうのが苦手な方も安心してお読みください。

お勧めのところ

異種動物の友情

 一番の魅力は、傷ついた1匹の北極キツネと、仲間を失い傷ついた1匹の北極オオカミが出会い、異種の2匹が協力して生きていくという、動物好きにはたまらないシチュエーションでしょう。童話の中では、よくある話とも言えますが、現実にもこれは必ずしもフィクションとは言えないのではないでしょうか。最近では、インターネットによって色々な情報や動画が紹介されていますが、それによると、異種の動物でも、それが生きていくのに必要ならば、時には協力して狩りをしたり、仲間になったりすることもあるようです。未知なる大自然のなかでは、時には例外的なことも起こりうるということです。そしてこの物語は、これが本物の世界であると感じさせる、とても自然な成り行きになっています。キツネとオオカミという魅力的な生き物の、異種動物の友情や生き様を味わってみてはいかがでしょうか。

多数の動物の視点から

 動物の本に限らず、多くの物語は、書き手とか主人公とかの、一つの視点から語られるものですが、この物語は、たくさんの動物たちがその章ごとの主人公です。カラスであったり、キツネとかオオカミであったり、時には、餌となるウサギやアザラシや鳥などの視点からも語られます。大自然の中の主人公は、決して特定のものではなく、それを構成する一つ一つの生き物であるわけで、生き物ごとにその暮らしや一生があります。それをとても大切にして、小さな生き物の気持ちや生活も彷彿とさせられる描写が、とても魅力的です。それが、この物語を、実写のドキュメンタリー風に感じさせている所以でもあるでしょう。

 作者は長く北極調査に携わり、北極の自然と生き物に関しては、第一人者の作家です。氷の割れ目からのぞく海の水、氷の塊に乗って移動する動物、厳しい寒さの中で生きる動物たちの、厳しいながらも素朴で温かい物語を、ぜひ楽しんでみてください。

書籍情報

『北極カラスの物語』
著者   C・W・ニコル
訳者   森 洋子
発行   1991年12月  講談社(単行本)

     1994年12月  講談社文庫(文庫本)